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8 アジアンショック

 日本を出るときはアジアも貪欲に体験するつもりでいたが、もはやお金も体力気力も限界だった。日本への途中下車的な滞在となったバンコックと香港だったが、消し炭が突然爆発したような強烈なショックを受けた。今まで積上げてきた体験に0やマイナスを掛けたかのように、何もかもが無に帰すか一気にひっくり返るような思いだった。自分が何者であるのか、いやがおうでも考えさせられる。本当の自分探しはこれからだ。  (本文より)

氾濫原の国家

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1990年9月14日
 経由地のインドのボンベイ(現ムンバイ)に着陸。
 じっとりとまとわりつくような湿気が感じられます。
 飛行機という文明と空港わきのバラックという非文明との対比に唖然とします。


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 ガンジス川の河口に広がる肥沃そうなヒンドスタン平原。バングラディシュは豊かなのではないかと思いたくなります。


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 ダッカ空港へ向けて高度が下がってくると、ほとんど洪水状態でした。田んぼも道も水浸しでズタズタです。


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 バンコックの空港の掲示板。カトマンズやクアラルンプールに混ざって大阪の文字が。
 
 

バンコックの寺院

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1990年9月16日
 バンコックのワットポーで。

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 ワットアルンからチャオプラヤ河を望む。


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 ワットアルン。
 

チャオプラヤ河

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1990年9月16日
 チャオプラヤ河の桟橋で遊ぶ子供たち。


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 チャオプラヤ河を行き交う大きなハシケ。


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 船着き場の人々と浮草。


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 ミゼットを改良したサムローと呼ばれる簡易タクシー。


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 通り側から見た船着き場。
 新と旧、きれいと汚いが同居している。
 

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